青春の溺死体。

好きな人の脳内は覗きたい。ここはいずれ私の脳内になる場所。

渾名

 

 

中学生の頃、「小学生の頃に呼ばれてて」、と真実を話せば半ば嘘と捕えられてしまうような理由で、本名と似つかない渾名で呼ばれていた。

そう呼ぶように強要した訳では無く自然に、そう呼ばれていた。

 

 

 

 

 

 

中1の自己紹介カードに渾名を書き連ねる時、

2~3回しか呼ばれて居ない「青リンゴ」という渾名を最後の方に付け足しておいた。

 

 

 

 

交友関係がギークなものでニックネームとは縁遠い人生であり、

呼ぶ呼ばれるのは苗字が殆ど、

という少年が苦し紛れに書いたものである。

 

 

且つ小学生の頃の同期が1人しかいない

(あまりその子とも仲良くない、話したことならある)

環境だったのも関係しているかもしれないけど。

 

 

 

 

彼曰く

「塾に行く時ポケットに入れていたiPodをそのまま学校に持ってきてしまい、

それを見た同級生が先生の前でバレないように揶揄して言った」

ものだそう。

青色はその機体の色から来ている。

 

 

「お前青リンゴ持ってんだろ、出せよww」

ってね。※所謂ようないじめではない(''www''の印象の上澄みは利用すると便利な表現だが上澄みだけではないのでこのようなことが起こる)

 

 

 

 

 

担任がその教え子にカードを書かせるだけでは飽き足らず無意味にその自己を周りに発表させる時、

何気なく言ったその渾名の出来損ないが挙句に

 

晴れて皆様の好奇心を沸き立たせて

 

無事彼の渾名となることが確定したのである。

 

 

 

 

 

 

という経緯で「青リンゴ」もとい略されていった「りんご」という人格は、段々と彼に馴染んでいった訳でありまして。

 

 

簡易に言うと本名の漢字を見て浮ついたような感覚を覚える位ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、転機。

 

「''りんご''よりも(本名)の方が君っぽいからそう呼んでいい?」

 

陽キャsaid。

 

オタクがそれを断れるならその子はただの陽キャ

 

断る理由もないし、「りんご」と呼ばない人が居るとその周囲も同じようになっていって、何人かは本名で呼ぶ人が点在するようになった。

 

 

そうして、(そうなってやっと気付いたけれど)「りんご」は僕が作り出して生まれた中学生の僕の人格、を指す言葉なのだなぁと気付いた。

 

 

と今になって、中学デビューというか新しい環境で嘘のようなものをついて

偽り的な人格を作り出すことは案外可能なのだなと思った。

 

勿論、今年からは元々呼ばれていなかった渾名で呼ばれたい、と思っていたわけではなく

可能性を提示した中から周りが勝手に選び、

それに僕が迎合していった形でもあるので、

 

「りんご」は嘘でも本当でもなくただ純粋な人格を指している。はずだ。

 

 

 

ここまで人格を強調して言ってはみたが、意識では(本名)と「りんご」は同じ身体の中に居てきちんと整合したまま相容れている。

 

 

 

ただ無意識下ではきっとそうではない。

 

 

 

 

 

 

誰だって、自分一人で居る時と、家族と話す時と、親しくない友達と話す時と、好きな人と話す時は、完璧に同じ人間ではない、対それ用の人格が個々にあると、

 

僕はそう君達を信じているよ。

 

 

 

 

 

だから人はペンネームを、偽名を、使うんだね、金之助。

 

 

 

それを明かしたらどうなったかはまた別のお話、って文章がひたすら続く本を小4の時に読んだ記憶がある。

Never ending story、って言うんですけど。

 

 

(これを見て冷蔵庫にある旬を過ぎた萎びたりんごの存在を思い出したら食べるまでも無く捨ててしまうかカビを観察するかのどちらかをオススメします)